疲れた、と検索したのだと思います。 そして、出てきたページのほとんどに、こう書いてあったのではないでしょうか。
その疲れには意味があります。もうすぐ良い流れが来ます。だから前を向いて。
読んだあと、少しも軽くならなかった。 むしろ、前を向けない自分がまた一段だめになった気がした。
そういう夜に、ここへたどり着いてくださったのかもしれません。
頑張れ、がいちばん効かない時期があります
疲れには、二種類あります。
ひとつは、休めば戻る疲れ。よく寝て、二日ほど何もしなければ、また動けるようになるものです。 もうひとつは、休んでも戻らない疲れ。眠っても抜けず、休みの日に何もしていないのに、日曜の夜には疲れている。こちらです。
後者の疲れに、励ましはほとんど効きません。 やる気の問題ではないところで止まっているのに、やる気の話をされるからです。
そして、この状態にいる人ほど、周りには元気に見えます。 仕事も家のことも、いちおう回っている。回っているから、誰も心配しません。心配されないから、もっと言えなくなる。
いま「もう頑張れない」と思えているのは、限界を超える前に体が出した合図です。 それは弱さではなく、まだ壊れていない証拠のほうだと思っています。
鑑定師としての見立て
わたしが学んできた帝王学陰陽五行の見方では、人の巡りに、外へ開いていく季節と、内にこもって整える季節があると考えます。どちらも必要なもので、開いてばかりの一年というものはありません。
たましい、という言葉をあえて使うなら、わたしはこう捉えています。 疲れきった時期のたましいは、休んでいるのではなく、荷物の中身を確かめています。
というのも、内にこもる季節に入ると、それまで平気だったことが急にできなくなるからです。 続けてきた仕事が、ある日を境に一歩も進まなくなる。人に会うのが重くなる。好きだったものに心が動かなくなる。 これは能力が落ちたのではなく、いまの持ち方では持てなくなった、ということが多いのです。
そして、そう気づけるのは、たいてい持てなくなってからです。 持てているうちは、荷物の中身を見直そうとは思いません。だから、疲れきるところまで来ないと、この作業は始まりません。
わたしは、この時期を下山にたとえます。 山は、登っている最中がすべてだと思われがちですが、山道で本当に危ないのは下りのほうです。そして、下山は登山の失敗ではありません。登ったら降りる。それでひと山です。
けれど、多くの方は下山の途中で自分を責めます。 まだ頂上に着いていないのに降りている、と。実際には、山はひとつではありません。この山は降りて、別の山を登ることになるだけ、ということがよくあります。
もうひとつ、この時期に起きやすいことを添えておきます。 心が揺れやすくなる巡りでは、現状を大きく変えたくなります。辞めたい、引っ越したい、全部やめて遠くへ行きたい。 そう思うこと自体は、この季節にはごく自然なことです。ただ、判断のものさし自体がいつもと違っている時期でもあるので、人生を左右する決断だけは、少し先に回すほうが穏やかにおさまります。逃げることを禁じているのではありません。逃げるにしても、休んでからのほうが、行き先を選べるからです。
そして、いちばんお伝えしたいのは、この季節にやることは、頑張ることではないということです。 自分を通そうとしないこと。結果を期待しないこと。分かってもらおうと力まないこと。昔から言われている、こもる季節の過ごし方は、どれも「降りる」方向のことばかりです。
同じ生まれの人でも、環境や生き方によって歩む道は変わります。当たり外れではなく、いまは降りる季節にいるのだな、という眺め方をしていただけたらと思います。
今日からできる、小さな一歩
前を向くための一歩ではありません。降りるための一歩を置いておきます。
- 今日の「やらなくていいこと」をひとつ選んで、実際にやらない。減らすほうを先にやります。増やすのは、動けるようになってからで間に合います
- 前向きになれと言ってくる情報から、一日だけ離れる。励ましは、受け取れる体力があるときにだけ効きます。いまは栄養にならないので、遠ざけていいものです
- 食べるものを、ひとつだけ好きなものにする。栄養の話ではなく、自分に選ばせる練習です
- 「休む」を、空白ではなく予定として書き込む。空いた時間は用事で埋まります。休みは、取りにいかないと来ません
- 今日を終えられたことを、ひとつとして数える。それ以上のことは、今日はしなくて大丈夫です
ひとつもできない日があってかまいません。何もしないことが、この季節の正しい過ごし方です。
おわりに
降りることは、負けではありません。 登り続けることだけを人生と呼ぶと、山を降りたところにある道が、全部なかったことになってしまいます。
いまは、意味を見つけようとしなくて大丈夫です。 意味は、たいてい、あとから静かについてきます。
今日はもう、ここまでにしてください。
同じような空白を抱えている方には、やることはあるのに、心が空っぽな昼——専業主婦の虚無感についても置いておきます。
もし気持ちの落ち込みが長く続いていたり、消えてしまいたいという気持ちが浮かぶようでしたら、どうか専門の相談窓口や医療機関に頼ってください。夜間でも電話で話を聞いてくれる窓口があります。ここは、巡りの話で片付けてはいけないところです。